無質量置き場

星と写真と独り言

夏の悪あがき

9月の日記である。

 

『今日じゃなくて、明日来てもらってもいいですか?』

5番線ホームの上、アルバイト勤務開始まで45分ほど前のことだった。

反対側のホームから電車が発車する音が、どうか通話に入り込んでいて欲しいような、欲しくないような。(もう駅まで来ちゃってんだぞ。)今のバイト先は店長が放任主義で、私に自由な働き方を許してくれるが、向こうも自由に私を働かせないとは、代償を支払った感覚だ。

わかりました、そういって通話の終了ボタンを押す。

 

さて、帰ろうか?



9月の半分ほどが過ぎ、今年の夏もようやく過ぎ去って行こうとしている。

蒸し暑くない夜がこんなにも過ごしやすかった事や、クーラーはまだ少しだけ付けておきたい事、台風が来るようで来ない事に、不謹慎にも一喜一憂していた学生時代。もうすぐで秋刀魚が食卓に並ぶかもしれない。いや、今は不漁で高騰してるんだっけか。

記憶の中の秋を呼び起こされるようなこの頃だが、今日は忘れて行くはずの夏が顔を出してきたように暑い、暑い昼下がりだ。

鞄を掛けた肩がじっとりと汗ばむようなこんな天気も、久しぶりだと思えば悪くない。夏の最後っ屁とも思えば許せてくる。というか、そう思わないとやってられない。

近い未来に思えて、永遠に恋しいままかもしれない、秋。こんな感じで一年なんていつの間にか終わっていくのだろうな。

駅員に断って改札の入場記録を取り消してもらう。来た道をすっかり戻って、散々眺めたはずのアスファルトをもう一度踏みしめながら1日の予定を考え直す。

今朝の自分は一体何を考えていたのだっけ。

 

思い出した。

『こんなに天気の良い日は仕事より、写真でも撮りに行きたいな。』

そう考えていたのだ。家を出た途端に目に飛び込んでくる、あの日差しを見て。

今日の予定が再び立った。

 

家のドアを開ける。さっきまで居たはずの部屋に戻ると、鞄の仕事道具を粗雑に取り出し、今度はアナログカメラを突っ込んだ。小さな扇風機に電源を入れ、汗を引かせている間に戸棚から茶色い本を取り出す。

お気に入りの本だ。昔からある喫茶店が多く紹介されていて、今までも気になった店をいくつか巡っている。

今日はこの中からどこかに行くことにした。適当にパッと開いて、目についた所の情報を確認する。

降りた事があるようで、あまり知らない駅だ。ここからは40分ほど掛かるが、冒険するにはちょうど良い。地元では有名な、トーストが名物の小さな喫茶店

ここにしよう。

 

小一時間前に入場記録を取り消してもらった改札を、もう一度通る。

 

繰り返し、巻き戻す。その繰り返し、フィルムのようだ。今度は違う方法で。違う気分で。

 

目的の駅に到着すると、今日がバイトの日だったなんて本当は嘘で、別の用事があったかのような気分になる。
あえて地図は軽く確認するだけにして、あたりを見回しながら商店街を通る。まだ日も沈まない街は、何だかごちゃごちゃしていて居心地がいい。

特徴的な看板を見つけて、店の内側をチラッと確認する。満席じゃないな、とか、入り辛くないかな、とか考えながら。この時間が好きだ。

 

少しだけ勇気を出して、扉を押す。ドアに付けられたベルが小さく鳴り、カウンターのおばさんが振り返る。

 

なるべく、悪あがきをするんだ。夏も自分も。

 

9月にもなって暑すぎる日に、どこまでいつもより新しく、面白いことができるか。

気になっていたトーストは、どこか懐かしく、新しい味がした。

 

茶店を出たら、結局バイトの予定時間以上になっていた。陽が落ちて真っ暗になった知らない土地を一駅ほど歩き、シャッターを切り、路地裏を通り、シャッターを切った。ゴールはどこになるのだろう。巻き戻し繰り返す。

 

撮り終わって確認する時、よく撮れていたらいいな。と思った。